やっぱりYMOが好き

YMOファミリー

YMOと共に歩んだミュージシャンがいます。独断と偏見で選ばせていただきました。

矢野顕子

東京都生まれ、青森県出身。青山学院高等部中退。

 

「矢野」の姓はデビュー当時に矢野誠と婚姻関係にあったため、当時の本名を芸名に使い、それが世に知れ渡ったために離婚後も使っている。愛称はアッコちゃん、または矢野さん。

 

歌手の坂本美雨は再婚相手の坂本龍一との間に生まれた長女。

 

大貫妙子

東京都出身のシンガーソングライター。愛称は「ター坊」。神奈川県三浦郡葉山町在住。

 

1973年に山下達郎、村松邦男らとシュガーベイブを結成。

 

1976年からソロ活動開始。シュガーベイブ解散後、同年に初のソロアルバム『グレイ・スカイズ』を発売。レコード会社は日本クラウン→RVC(現BMG JAPAN)→ミディ→東芝EMIと移籍して現在はソニー・ミュージックダイレクト所属。

 

1998年に映画『東京日和』で第21回日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。

 

2005年10月5日から、在京FMラジオ局J-WAVEの番組『NIGHT STORIES』『THE UNIVERSE』の水曜担当ナビゲーター(DJ)を務めている。

 

2006年11月2日に任天堂のテレビゲーム『MOTHER3』の音楽CD『MOTHER3+』をリリース。 『We miss you 〜愛のテーマ〜』を唄う。

 

2006年『劇場版 どうぶつの森』の主題歌『森に行こう』を唄う。

 

鈴木さえ子

東京生まれ。本名左衛子。昭和55年松尾清憲らとシネマ結成、ドラムやマリンバなどパーカッションを主に担当する。1982年にはロックバンドフィルムスに加入。細野晴臣、高橋幸宏主催のYENと契約するも作品を発表せずに解散。YEN関連の活動としては、立花ハジメのアルバム参加や、メンバーが全く同じ2つのバンド「B-2UNITS」(坂本龍一がリーダー)、「H」(立花ハジメがリーダー)のドラムなどが挙げられる。1983年鈴木慶一プロデュースにてソロデビューアルバム『毎日がクリスマスだったら…』を発表。その後、慶一と結婚、東京タワーにて披露パーティーを行う(後に離婚)。

 

1984年に南伸坊が出演した『日清チキンラーメン』の「すぐ美味しい、すごく美味しい篇」から使われているCMソングは彼女の作曲。

 

1989年にはいとうせいこう原作の映画『ノーライフキング』に出演、音楽も担当する。再婚後、CM音楽やコンピレーションアルバムへの参加など、散発的な活動はあったものの、実質引退状態だったが、テレビアニメ『ケロロ軍曹』の音楽担当として15年ぶりに本格的な復活を果たした。

 

シーナ&ザ・ロケッツ

日本のギターロックバンドである。1978年デビュー。

 

代表曲は『ユー・メイ・ドリーム』など。また、1991年放送の学生援護会『サリダ』のテレビコマーシャルで『憲法22条の歌』を歌ったことでも話題になった。

 

立花ハジメ

東京都出身のミュージシャン及びグラフィック・デザイナー、映像作家。1976年にテクノポップのバンド「プラスチックス」を結成、ギターを担当し、1980年にはワールドツアーを行った。プラスチックス解散後の1982年、サックスに転向し、高橋幸宏をプロデューサーとして迎えて、初のソロ・アルバム『H』を発表。

 

1987年公開の映画「ラストエンペラー」に端役で出演。デザイナーとしてはタイポグラフィなどの分野で活躍し、1991年ADC賞最高賞受賞。

 

2007年、屋敷豪太らと共に新バンドTHE CHILLを立ち上げ、ファースト・アルバム発表。ここではギター担当。同年、プラスチックスを短期間だけ再結成することを発表した。

 

サンディ&ザ・サンセッツ

スペイン人とのハーフ。9歳の頃から歌手として活動。10歳のときにハワイにわたりハイスクール卒業までそこで過ごす。日本では70年代初頭から活動し、「サンディー・アイ」名義でグラビアアイドルとしても活躍していた(そのスタイルの良さは50歳を過ぎた今でも健在で、ステージでの肌の露出度は高い)。1976年「グッドバイ・モーニング」で世界歌謡祭グランプリ最優秀歌唱賞を受賞。1978年、映画『ナイル殺人事件』の主題歌「ミステリーナイル(サンディー・オニール名義)」がヒットする。

 

そして1980年、細野晴臣プロデュースの初ソロアルバム「イーティン・プレジャー」を日本、イギリスでリリースした。このアルバムがきっかけで、ミュージシャンの久保田麻琴(元夫)と出会う。そして「久保田麻琴と夕焼け楽団」を母体にした「サンディー&ザ・サンセッツ」(本来は「ザ・サンセッツ」であったが、オーストラリアの新聞の誤報道が切っ掛けとなりこのバンド名となった)を結成し、世界各国のツアー活動を開始。オーストラリアでシングル「スティッキー・ミュージック」が大ヒットする。この頃より、日本よりも海外での評価が高まってゆく。

 

スネークマンショウ

桑原茂一が率いたコントユニットで主なメンバーに咲坂守こと小林克也、畠山桃内こと伊武雅刀がいた。また同名のラジオ番組、彼らのファーストアルバムのタイトルでもある。巳年生まれの小林克也が伝説のDJ、ウルフマン・ジャック (Wolfman Jack) のモノマネをしたことからユニット名が決まった。 イエロー・マジック・オーケストラとも交流が深く、彼らの4枚目のアルバム『増殖』に参加し、曲間のコントを提供したことでも有名。
 

YMOファミリー記事一覧

矢野顕子

東京都生まれ、青森県出身。青山学院高等部中退。「矢野」の姓はデビュー当時に矢野誠と婚姻関係にあったため、当時の本名を芸名に使い、それが世に知れ渡ったために離婚後も使っている。愛称はアッコちゃん、または矢野さん。歌手の坂本美雨は再婚相手の坂本龍一との間に生まれた長女。ひとつだけ/the very be...

≫続きを読む

大貫妙子

東京都出身のシンガーソングライター。愛称は「ター坊」。神奈川県三浦郡葉山町在住。1973年に山下達郎、村松邦男らとシュガーベイブを結成。1976年からソロ活動開始。シュガーベイブ解散後、同年に初のソロアルバム『グレイ・スカイズ』を発売。レコード会社は日本クラウン→RVC(現BMG JAPAN)→ミデ...

≫続きを読む

鈴木さえ子

東京生まれ。本名左衛子。昭和55年松尾清憲らとシネマ結成、ドラムやマリンバなどパーカッションを主に担当する。1982年にはロックバンドフィルムスに加入。細野晴臣、高橋幸宏主催のYENと契約するも作品を発表せずに解散。YEN関連の活動としては、立花ハジメのアルバム参加や、メンバーが全く同じ2つのバンド...

≫続きを読む

シーナ&ザ・ロケッツ

日本のギターロックバンドである。1978年デビュー。代表曲は『ユー・メイ・ドリーム』など。また、1991年放送の学生援護会『サリダ』のテレビコマーシャルで『憲法22条の歌』を歌ったことでも話題になった。シーナ&ザ・ロケッツ/Rokket Factory?the worst and rarities ...

≫続きを読む

立花ハジメ

東京都出身のミュージシャン及びグラフィック・デザイナー、映像作家。1976年にテクノポップのバンド「プラスチックス」を結成、ギターを担当し、1980年にはワールドツアーを行った。プラスチックス解散後の1982年、サックスに転向し、高橋幸宏をプロデューサーとして迎えて、初のソロ・アルバム『H』を発表。...

≫続きを読む

スポンサーリンク

  


YMOヒストリー YMO動画集 YMOファミリー 世界のテクノバンド YMO関連リンク集